2016.7.4

ablabo.・知恵を絞り、油を搾る27歳の起業をめぐる大冒険

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「ablabo.」は西粟倉村でこだわりの食用油の製造・販売を行う油屋さん。人口1,500人の小さな村、主産業は林業、農業は米中心、そんな西粟倉村で油屋さんをはじめるとは?地域の文脈を軽やかに乗り越えて「いい油って本っっっ当に美味しいんですよ!」と言い切り、黄金の一滴に魅せられるがまま油屋を起業したのが大林由佳さん。見た目は小柄で可愛らしい27歳の女子が、小さな村の片隅、たったひとりで起業するという大冒険。その冒険は若さゆえの勢いあり、数々の困難あり、挫折あり。けれども彼女のめげない夢への姿勢は胸を打つサクセスストーリーになりつつあります。

大林由佳(ablabo.)
文=浅井麻美(ココホレジャパン
写真=片岡杏子(kataokakyoko.com

INDEX
1. 起業に興味があったから、創業期の森の学校に入社した ↓
2. 運命を変えた、「衝撃的にうまい油」との出会い ↓
3. 会社を退職し、91歳の師匠のもとへ油搾りの丁稚奉公 ↓
4. 「ablabo.が死んじゃう」力量も資金も足りない中で… ↓
5. 初の新入社員を迎え、メーカーを目指し新たなチャレンジへ ↓



1. 起業に興味があったから、創業期の森の学校に入社した

「ablabo.」の仕事は、油の製造、販売、開発、コンサルティングと多岐にわたります。西粟倉村の遊休施設を借りて改築した工房で、その業務をすべてひとりで営んでいる大林さん。工房内にはずらりと揃った調味料の数々。ハーブオイルの試作品が所狭しに並び、その奥には搾油機が鎮座しています。女子のときめきキッチン、というよりも理系男子の実験部屋。ラボの名にふさわしい仕事場で、大林さんは朝から夜中まで油と向き合っています。

大林さんがはじめて西粟倉村にやってきたのは大学生の時。創業したばかりの西粟倉・森の学校(以下森の学校)のインターンとして経験を積み、大学卒業とともに同社へ入社します。当時の森の学校は86%を占める森を主軸に地域のブランド力を高めてプロデュースする地域商社の役割を担っていました。しかし、大林さんは林業や材木に興味があるわけではありませんでした。

「大学時代から起業することに興味があったので、これから会社を立ち上げていく森の学校で働くことは、自分にとってプラスだなと思っていました。森の学校に入社したときから、まわりにはいずれ起業すると話していました。何で起業するかは具体的に決めていなかったけれど、なんとなく食ジャンルかな、とは漠然と考えていました」

創業期の森の学校では、カフェ運営やネットショップなどの営業に携わり、主にB to Cを学んだといいます。

「当時の森の学校は、製材業をスタートしたばかりで、会社としては苦しい時期でした。けれど『金はないけれど、お前がやりたいならやってみろ』と色々と挑戦させてくれる会社でもありました。挑戦させてもらった仕事はすべて勉強になったし、起業の基礎を教えていただきました」と大林さん。

森の学校は、村の使命として木材に付加価値をつけて、全国に西粟倉の木を流通させることと並行して、村に起業家やベンチャー企業をこの村に集め「ローカルベンチャーの生態系」づくりに乗り出します。それが村を変え、人を育てました。各々の夢に向かってなりふりかまわず突き進む挑戦者たちを一番傍から目の当たりにしていた大林さんは、その姿からベンチャースピリットを学んだといいます。

そんな彼女が油に関わるきっかけになったのは2013年1月のこと。運命の人ならぬ「運命の油」に出会います。


2. 運命を変えた、「衝撃的にうまい油」との出会い

「旅行で訪れた小豆島で、衝撃的に美味い油に出会いました」。彼女に衝撃を与えた油とは『イズライフ』のグリーンレモンオリーブオイル(http://islife-olive.com/products)。小豆島産の稀少なオリーブの実とグリーンレモンを搾油したフレーバーオイルです。

彼女はその油の只事ではない感を舌と脳で感じ取ります。それは第六感に近い、起業家としての勘だったのかもしれません。大林さんはその油を購入して、家に持ち帰ります。美味しい油は大林さんの毎日の料理を楽しくしました。もちろん食べても美味しい。油が変わると暮らしも変わる、一滴の油がもたらす豊かさを大林さんは日々実感します。

ここまではお料理好き女子の趣味の範疇だったかもしれません。そこから趣味の範疇を超えた、あくなき探究がはじまります。日本中の美味しい油の噂を聞きつけては購入。さらに生産者に会いに行くなど仕事以外の時間はすべてNo Oil, No Life。一人暮らし女子のキッチンには多いときで20種類以上の油がありました。また美味しい油をベストの状態で味わうために美味しい調味料を買う。そうこうしているうちに森の学校の給料全部を油につぎ込むように。

「食生活はバラ色になったけれど、めっちゃ貧乏になりました(笑)」と本人も苦笑いする半年間が過ぎた頃、滋賀で菜種油を作っている「NPO法人愛のまちエコ倶楽部」に訪問したことがきっかけで「油を生業にしよう」と考えるようになります。

「美味しい油をつくる現場を見せていただいて、化学薬品・添加物を一切使用せず、ていねいに搾った油って美しいな、と単純に思いました。なにもかもがすごく綺麗。小豆島『イズライフ』の堤さん(代表取締役堤 祐也さん)をはじめ、良い油に携わっている人はみんな良い人で、単純に彼らのようになりたいと思うようになりました」

「思い立ったらすぐ行動」の大林さんですが、この時は少し違います。2013年当時、働いていた森の学校はスーパー過渡期。経営状況の悪化、人材の流出、西粟倉村の挑戦を支える森の学校は苦しみ喘いでいました。大林さんは会社の状況を顧みて、所属している会社で一生懸命働くことを選択。どのみち、いま起業しても「ただの油好き」。油屋として起業するための知識も技術も戦略もありません。心の中の挑戦の種火は灯しながらも、森の学校で修行を続けます。

大林さんに「森の学校の社内ベンチャーとして起業する気はなかったのか?」と伺うとそれは考えていなかったと即答。森の学校は当時「地域商社」として、西粟倉村が打ち出した『百年の森林構想』に沿って、コンセプチュアルに運営していたからだといいます。

「森の学校で油を売るって自分の中で全然しっくりこなかったです。油って、森林や地域との接点がないじゃないですか。売る油が地元産だとしたら物語が生まれたかもしれないけれど、私はそういうソーシャルな括りではなく、とにかく「うまい油」「いい油」を売りたかった」

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森の学校の社内で、資金を出してもらって「企画」としてやれば楽だったかもしれない。けれどそれは「なんか違う」。大林さんが起業を果たすのはこの3年後ですが、この頃からすでに起業家として判断していたことになります。薄皮一枚の感覚で小さなことから大きなことまで選択しつづけることを積み重ねていくことが起業なのかもしれません。

「あと、この頃は油屋をやって儲かるスキームが全然見えていませんでした。どんなに良い油があっても、西粟倉村で小売業は難しいと思っていたからです。自分が森の学校で担当していた『Baiten』(売店)にまったくお客様が来ないことすら解決できていませんでした。その間に入る卸業もさらに微妙。油屋さんに油の掛け率を聞いたら、間に入ってマージンで食べていけるほど利幅がありませんでした」

油で起業したい。油で生きていきたい。けれど卸、問屋、小売…どれも儲かるスキームが見えません。「好き」だけでは起業できないことを大林さんはわかっていたのです。ただ、それはいま思うと頭でっかちだった、と今の大林さんは照れ笑いを浮かべます。なぜならこの後、そんな起業ロジックをひっくり返す出来事が訪れるのです。


3. 会社を退職し、91歳の師匠のもとへ油搾りの丁稚奉公

2013年秋。岡山県津山市に昔ながらの技で菜種油の搾油をやっているおじいさんがいると噂を聞きます。良い油のためならば、野を越え、山を越え。神谷油脂製油工業所へ突撃すると、91歳の老大人がたったひとりで昔ながらの搾油を行っていました。工房へ足を踏み入れた瞬間、たまらなく良い油の香りがします。そして、お会いした職人の神谷敬正さんは明るくハキハキと喋る91歳。大林さんの目にとても魅力な御仁に映りました。

「師匠(神谷敬正さん)は、すごく人生楽しそうに生きていたのが第一印象。搾油の後継がいないと聞いて、即『わたしが搾らなきゃ!』って思いました。雰囲気と香りで『うん、ここの菜種油が美味しいことはわかった』って、油もまだ食べていなかったのにもう勢いで(笑)。これでまずいわけがない。神谷油脂製油工業所へ行くまで製造する気はまったくなかったのですが、やらなきゃ、いかなきゃ、美味しい油食べたかったら自分でつくらなきゃないんだ!って突き動かされました。

あと美味しい油って、適正価格とはいえやっぱり高いじゃないですか。自分で美味しい油がつくれるようになれば、一生美味しい油に困らない生活ができると思いました。それってすごいことじゃないですか?師匠に継がせてください!とお願いしたら『いいよ』と二つ返事で受け入れてくれました」

「好き」とはここまで人を突き動かすのか。いよいよ大林さんは搾油の世界へ足を踏み入れることに。

しかし、油には「旬」があります。菜種油は、春に花を咲かせて種を採取。搾油は夏になります。師匠を尋ねたのはシーズンオフだったことから大林さんの搾油修行は次年度へ持ち越しになりました。こうして、大林さんがはじめて油を搾ったは2014年夏のこと。その直前、大林さんは森の学校を退職します。退職理由は「油を搾るため」。今抱える仕事もロジックも、彼女の「とにかく搾りたい。搾らなきゃ」という衝動で吹き飛びました。このチャンスを逃してはいけない、と。

「牧さん(西粟倉・森の学校代表取締役)から『お前が成功することが森の学校のブランディングだぞ』と言われて送り出していただきました。愛あるプレッシャーです(笑)」

彼女の本当の意味での挑戦はここからスタートしました。

2014年夏にはじまった搾油修行は熾烈を極めます。何十キロもの菜種を運び、真夏の最中に薪を絶えず炊き続けます。朝8時から始まって、絶えず14時まで搾油機を回し続ける。成人男性でも倒れてしまうような重労働です。

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「師匠は『女の子だし、すぐに根をあげるだろう」と思っていたそうです。しかし、やらせてみたら、そこらの男子よりも力持ちだった(笑)。本当、工房めっちゃ暑いんです。火を焚いて油しぼっているからやけどするし。通気性よくないと倒れちゃうから、マラソンランナーみたいな格好で作業していました」

さらに修行は丁稚奉公。つまり無給です。大林さんは貯金を切り崩して修行を続けます。生活が苦しくなっても、友人宅に居候させてもらいながら修行に通いました。

それでも楽しかった。美味しい油ができあがる様子が美しかったといいます。8月から搾り始めて、12月まで、来る日も来る日も搾る々が続きます。

「ここで学んだことは2つあって、ひとつは搾油の技術、油を搾る基礎知識。種がどうなって油になるのか。本で得た知識はたくさんあったけれど、実際に手を動かすのはまったく違うし、思っている以上に、良い油は作り手によるところを肌で感じました。

あともうひとつは根性(笑)。手間ひまのかかる伝統的な搾油を70年間以上続けられてきたことが本当に尊敬です。師匠も一代目の起業家ですが、最初は赤字ばかりだったそうです。それでも続けたことに意義があるんですよね」

大好きな油、その大好きな油に携わるひとたちの姿に憧れて、自らの進む道を見出していきます。


4. 「ablabo.が死んじゃう」力量も資金も足りない中で…

美味しい油を搾れるまでになった油女子。2015年はいよいよ油屋起業にむけて準備をはじめます。搾った油を商品として売るために先ずはオンラインショップを計画します。師匠と油を搾っているときと同時並行で進めていたのが「ハーブオイル」の商品化です。オンラインショップで売る商品が菜種油一本では難しいと考えた大林さんは、サイトのラインナップを揃えるために調合油の商品化に乗り出します。起業や販売における「判断」は森の学校で培ってきたものです。こうして、オンラインショップ「ablabo.」がオープンします。

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しかし、2015年は大林さん自身、そして「ablabo.」にとって苦難の1年でした。

「オンラインショップを立ち上げましたが、正直とても苦しかったです。油屋をはじめてみて、やるべきことが多すぎて、なにしたらいいかわからない。けれどもすべてをやる力量もない。資金もない」

良い油を好きになればなるほど、世の中には美味しい油、正しい油、適切な油が少ない事を知りました。油の材料である植物種子を取り巻く農業の問題。食卓と密接に関わる食用油の適正価格の低さ。農薬を使わない種から採れる油の希少価値。「油が好き」という気持ちからはじめた油屋ですが「好き」であればあるほど、適正な油をみんなに食べて欲しい。自分が感じた、あの一滴の幸せをみんなに届けたい。でもその油は家庭で使うものとして高価になってしまうジレンマ。社会問題すら内包した起業運営を余儀なくされます。

美味しい油を知った。搾油できるようになった。ブレンドオイルのブランディングができた。ablabo.の価値観が共感を呼んでも、それだけでは油の購買に繋がりません。自分が正しいと思うものをただ押し付けるのではなく、相手の心に響かせるにはどうしたら良いだろう?そうこうしているうちに資金は底をつき…。

「価値観をこつこつ積み上げながら、私の油を定期的に買ってくれる卸先を見つけることが去年の最優先事項でした。そうしなければ、ablabo.が死んじゃう。本当の意味で死んじゃう。しんどかったです。

でも、自分が実際に給料つぎ込んで良質な油に囲まれる生活をしてみてわかったことなんですが、適正な油をきちんと選べば、精査されていって、余計な調味料類を買わなくなるから、結果的にエンゲル係数下がるんですよ。その価値観が生活レベルできちんと浸透すれば、この油が高いって意識は薄められるかもしれない。良い油があることの暮らしの豊かさを認識する層が増えれば、私は生きていける。そしてその層自体をablabo.が起こさなければならないんです。…ってablabo.の活動をしている最中に気がつきました。遅いですけど、私はやっぱりやらなきゃわからないんです」

辛い創業黎明期の中でも、彼女は、当たり前を「当たり前です」と言い切る強さがありました。周囲からの応援もあって、2015年後半、丁寧な営業から卸先が見つかり一先ずの収入を得ます。更に彼女の人柄に惹かれて、全国各地で油イベントが開催されるなど、少しずつablabo.の活路が開き始めます。そして紆余曲折の末、2016年1月「ablabo.」は正式に創業を果たしました。


5. 初の新入社員を迎え、メーカーを目指し新たなチャレンジへ

ablabo.の使命は、製造・販売・小売、あらゆる方向から、美味しい油がある暮らしの豊かさを多くの人に伝えることです。

「今はまだ購買層に「美味しい油がある暮らしの豊かさ」が伝わりきらないので、私が前に出てお話しさせていただいています。けれど、最終目標はそんなことをしなくても、家庭で良い油を使うことは当たり前だという価値観を広げて、みなさんにうちの油を買い求めてもらいたいと思っています。

かといって、BtoC(企業と消費者)じゃなくても、BtoB(企業と企業)のやりとりも、うちの使命を伝えてくださる販売店さんが出てくれば、その方がよっぽど日本の食卓が豊かになるなと思います。近道を探った結果、ablabo.はメーカー(製造業者)を目指すことを決めました」

彼女は美味しい油の向こう側を見ています。価値を知ってもらわないと立ち行かない商売だと知った上で会社を経営しています。もちろんその道程は険しく、課題は山積みです。

「搾る油については、油の原材料がまだまだ少ないです。設備を入れる算段は立てられても、原材料探しにいつもつまずいています。原材料を供給する側とのパイプができないとメーカーとしての信頼度も上がらないです。『今年は農作物の出来が悪かったからどうしても出来高が上がらなかった』『味がよくならなかった』と、天候に左右されることで油の質が変動するならお客様に説明つきますけれど、『原材料を提供してくれる農家さんが見つからないから油が作れないので今年は製造できません』はありえないじゃないですか。今はそのパイプをより強固なものにするためにがんばっています」

そして、7月にはablabo.初の新入社員が入社します。今までずっと、大林由佳=ablabo.でしたが、同じ夢を追う仲間を迎える事で得るものは大きいといいます。

「一人で製造業なんて無茶だな、というのは早々に気づいていました(笑)。時間や体力もそうですが、1人でやっていたらどれだけ頑張っても『私が成長できる範囲』でしかablabo.も成長できないな、と。あと『私一人が美味しいと思えるもの』を作っていてはいけないので、自分以外の感覚や感性を入れたくて結構早い段階で仲間が欲しいと思っていました。

とにかく今は希望でいっぱいです!一人で出来なかったことがチームになる事で見えてくる道がたくさんあるし、自分自身もこれまで以上に頑張らなくちゃ!と思えるので、きっと山あり谷ありだろうということも含めて楽しみです。私と一緒に働いてくれる子は体力自慢の23歳女子です」

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新入社員だけではありません。女手ひとつで工房を改築していたら「水くさいな、手伝うぜ」と手を差し伸べてくれた木工房ようびの面々。「油をたまにくれればいいよ」と言って、出世払いでablabo.のサイトをつくってくれたウェブデベロッパー。彼女の舌は確かだと見抜き、彼女が搾ったゴマ油を40本購入した料理研究家。そして彼女を愛して、激励叱咤して見守る西粟倉村の地域の人々。大林さんは「みんなに面倒をかけて情けないっす」といいますが、ひとりで「起業」という無茶な冒険に出て、もがき苦しみながらも進んできた彼女の姿は仲間を集め、大きな力になりました。

「美味しい油を作り続けること」が大命題。彼女はこれからも知恵を絞り、油搾りに邁進していくでしょう。それがどんなに不器用であってもその姿は美しい。少なくとも私たちはそう断言します。誰もが耳を疑う夢物語だって、この村は一緒に信じきります。そして一緒に夢を実現していくのです。

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ablabo.
http://ablabo.org

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